性別 男性
イニシャル G.T.さん
引きこもりになった時の年齢 36歳
引きこもりを脱した時の年齢 39歳
引きこもりしていた期間 3年

私はそもそもが引きこもりになる素養十分でした。それを無理に隠して、アクティブな人間であるかのように振舞っていたのだろうと思います。

しかし、それも景気がいい頃は何とかなりましたが、不況で切迫し出してからは、本来の自分が露呈したのかなと思うことがあります。

独立失敗がきっかけだった

30で独立して、小さな事務所を構えました。独立して仕事をすることは大変でしたが、景気のよさもあって何とか食うくらいのことは出来ていました。

また、独立したからには頑張らなくてはいけないと言う気持ちも強くあり、どんな仕事にも積極的に取り組みました。とりわけ性格的に苦手だった営業も、仕事を取るために必死にこなしました。

当時を知る人なら、引きこもりのかけらも見出せなかったはずです。それが一転したのは30代後半の独立失敗でした。

借金取りから逃れるために居留守

事務所は夜逃げ同然に引き払いました。しかし、事務所は畳んでも、借金は残りました。また、事務所は法人ではなく個人経営でしたから、借金はすべて自分個人でしたものになります。

取立ては事務所だけでなく、自宅にも及びました。それで借金取りを熊に見立て、死んだ振りをすることにしたのです。借金取りは近所の人間にも私の所在を聞こうとしますから、まず近所で自分の存在を消す必要があります。

昼間はまだいいのですが、夜も電気を点けない生活をしました。隣の家の明かりで食事をすることを覚えました。家族は事務所を畳んで家にこもり出したとき分散しました。

給付金欲しさに職業訓練を皆勤

その頃、政権は民主党にありました。それまでとは少し変わった総理大臣が出たこともあり、世の中万事おかしくなり出した中で、職業訓練を受けるとお金がもらえる制度が出来たのです。

通常ハロワは、失業保険を払っていた被雇用者のための機関ですが、私のような自営で失業保険に加入していない人間に対しても、職業訓練を受けさえすればお金が出て、しかも訓練機関に通う経費もハロワが負担する、至れり尽くせりの制度でした。

ただ条件があります。休まないことです。月に3日休めばその月の給付は無くなり、3回遅刻してもアウトです。結果として半年間一度も休まず、遅刻もしませんでした。

給付金は借金返済に充てました。この体験は自信につながりました。やれば出来るんだなという思いになれました。

個人を当てにしないで制度を利用する

引きこもりをするには、支援体制が要ります。体制と言うほど大袈裟でなくても、なし崩し的に家族に迷惑をかけるだとかになると思いますが、家族を含め親類とか個人に頼るのではなく、社会制度を利用して突破口を見出す方が、外からの働きかけが出て来るので、引きこもりから脱しやすくなると思います。

出て行くと意外に助けてくれる人もいます。身内以外の人に助けられた経験は、社会参加への意欲にもなります。いい意味で制度やまるで知らない他人を利用してみるといいと思います。逆に、あまり身内には頼らないようにするのも手です。