性別 男性
イニシャル W.Y.さん
引きこもりになった時の年齢 17歳
引きこもりを脱した時の年齢 18歳
引きこもりしていた期間 1年

高校生の頃に自分の成績が悪くなった事が原因で、自分が人間として生きる意味に答えを出そうとした所、答えを出せずに迷いを抱きました。

自分は今、何の為に勉強しているのか。自分は今、何の為に学校に行っているのか。結局その答えが分からずに、学校を退学しました。

それから1年間、いつか自殺すればいいやと思って家で引き篭もりながら生活していました。

死ぬ事の恐怖・家族の顔

死ぬ事を決意した日、私は包丁を取り出して母に生きる意味がないなら死んだ方がマシだ、と言って包丁を胸に突きつけました。しかし、結果として自分の胸に包丁を刺す事は不可能でした。

泣いていた母の顔も勿論ですが、死んだ後の悲しむ親戚や家族、自分が死んだ後にどうなるか分からない意識の事を考えると恐怖で刺せなくなっていました。

その時は父が居なかった為、暴力沙汰にはなりませんでしたが、私は死ぬなんて口にしても実行する為にはとてつもない恐怖を乗り越えなければならない事を思い知らされました。

家出をしても死ねない

包丁による自殺未遂をした日から数か月、結局私はまだ自分の生きる意味について答えを出せずに居ました。そして結局死んだ方がいいのではないか。

と考えてしまい、今度は家出して山の中で行方不明にでもなって死ぬ、という方法で自分自身が消える方法を取ろうとしました。父と反発して家を出て、外の草原で死ぬ事を決意しました。

それでも寒くて寝れない事と、携帯に母からの着信履歴、姉からのメールがたくさん届いていた事もあってまた自分は考えさせられました。

私に支えてくれる家族が居る以上、死の恐怖は乗り越えられない、と実感しました。

恐怖を体験して人生の価値観が変わる

何故、自分は生きる意味を見失ってしまったのか、ようやく分かりました。それは生きる意味が無限にあるから、でした。だからこそ自分自身で決め、今後は自分自身で意志を持って生きていかなければならないと気づいたのです。

いつも私は意見を貰って流される人間でしたが、この引き篭もり体験を通して自分の価値観は大幅に変わりました。物事の表裏、人間の心理など、今まで見えなかった物がすらすらと見えました。

今思えば、この経験がなければ自分は頭の良すぎる人間、として評価されなかったと思います。

社会復帰をする為に

私は通信制の高校に編入学する事で再度勉強を始めました。質の良かった元の高校とは違って勉強は簡単な物でしたが、単位を取る為に真面目に取り組みました。

無事高校を卒業し、1人暮らしをして専門学校に入学。自分のなりたかった目標へと向かって一直線です。人生を振り返ってみても、この体験は分岐点だったと今でも思います。

死ぬと言っておきながら生きているのも情けなく、人生の汚点だとも感じていますがこの体験がなければ私は意思のない人間として社会に出ていたのではないでしょうか。

簡単な意思ではすぐに志が折れてしまいます。しっかりとした深く、重厚な意思が必要です。自分自身の決めた道で行く、これこそが私の生きる意味です。