性別 女性
イニシャル M.N.さん
引きこもりになった時の年齢 25歳
引きこもりを脱した時の年齢 34歳
引きこもりしていた期間 9年

私は小学5年生の冬頃から不登校になりました。中学校には一日も行かず、家で教科書を読んで自分で勉強はしていました。

そのまま高校受験もせずに、家で家事手伝いなどして過ごしていましたが、2つ下の妹が大学入試の勉強を始めた頃に、私も大学に行きたいと思うようになり、高卒認定(当時は「大学入学資格検定」)の試験を受け、4年遅れて大学に入学しました。

しかし大学でもいつも一人ぼっちで、同じ授業を受けていたギャルのような学生に突然暴言を吐かれたり、そういう様子を先生や周囲の人たちも知らん顔だったので、辛いキャンパスライフでした。

卒業後、仕事も無くそのまま実家で過ごすようになり、妹には「引きこもりニート」と呼ばれてバカにされて辛かったです。

幼い頃から一人ぼっちで孤独な気分

小学校で不登校になったのは、担任のおばさん教師があからさまに私のことを嫌っていて、学校に行くのが苦痛になったからです。母親は妹のことばかり可愛がっていたので、私が学校に行きたくないと言ってもほとんど聞いていないようでした。

父親は朝から深夜まで仕事で不在だったので、より一層関わりの薄い存在で、家族にも甘えられない気がしていました。朝起きれなくなって、学校に行かなくなっても、父親も母親も大して怒りもしなければ心配もしてくれませんでした。今でも、常に孤独で不安定な気持ちを抱えています。

孤独な引きこもり生活から鬱病を発症

大学卒業後は父親と母親と一緒に実家で暮らしていました。だいたい昼頃に起きて、ぼーっとして、夜も12時過ぎに寝ることが多かったです。

両親は2人とも仕事でほとんど不在ですが、母親に頼まれて家の掃除をしたり洗濯をしたり家事手伝いをすることもありました。ずっと家に一人でいると、動悸がしたり、眠いのに眠れなかったり、精神的に辛いと思うようになって、たまに母親にドライブに行きたいと頼んでも、仕事で疲れているからと断られました。

孤独感は増すばかりで、どうしても気持ちが暗いままで、昔からの嫌な思い出ばかりが頭の中を独占するようになって、不眠症がひどくなってきたので、妹に相談したら、妹も同じような症状があって、精神科にかかっているということでした。

妹に行きつけの精神科を紹介してもらい、母親にも相談しましたが、母親はあまり興味のない様子で、行きたければ勝手に行けばという態度をとられました。

勇気を出して精神科に行き、症状を話すと、鬱病とパニック障害だと診断されました。

引きこもりを脱するきっかけをくれた人物

私が33歳を過ぎた頃、妹が結婚して、義理の弟ができました。2人は実家から車で20分くらいのところに新居を構えて、よく実家にも来るようになりました。

義理の弟は誰よりも私の話をよく聞いてくれる人で、驚きました。精神科に行く時も、妹と2人で実家まで車で迎えにきてくれて、一緒に行ってくれたりもしました。妹と義弟のすすめで、私は精神疾患の障害者手帳を取得することにしました。

手帳を持っていると、精神障害者の社会復帰施設に通うことができると分かったからです。今まで私に無関心のように見えた母親も、手続きについてきてくれるようになりました。

最初は自分が障害者という手帳を持つことに対して、変な気持ちがしたし、デメリットが無いかという不安もありましたが、申請してしまったら、結局気が楽になりました。今は社会復帰施設に週に4回のペースで通っています。

裁縫や軽作業が主な仕事で、時給は高くないですが、自分のペースで働けるので、やりやすいです。この年齢になるまでほとんど働いた経験がなくて、鬱病を抱えたままいきなり社会に出るのは不安だったので、しばらくはこの施設で頑張るつもりです。

毎日何もせず過ごしていた日々に比べれば、とても充実しています。引きこもりを脱するために、一人では何から始めたら良いのか、きっかけが掴めなかったのですが、アドバイスをくれる人や応援してくれる人がいたので、頑張れたと思います。