性別 女性
イニシャル Y.H.さん
引きこもりになった時の年齢 14歳
引きこもりを脱した時の年齢 27歳
引きこもりしていた期間 13年

中学生から引きこもりになりました。それから10年以上引きこもりました。

次第に社会に反感を持つようにもなりました。親には迷惑を掛けたと思っています。

根気よく訴えてくれた親と疎遠だった兄弟とその子供が私を救ってくれました。

私が引きこもりから社会に戻りたいと思った経緯をお伝えしたいです。

引きこもりになったきっかけ

元々の原因は中学校の先生です。友達にいじめられたと言う事はないのですが、先生が友達への態度が明らかにおかしく、差別を感じました。

地元の普通の市立の中学校に通っていました。そこの先生が優等生には甘く、成績の悪い生徒には酷く厳しいかったのです。完全なる贔屓と差別だと感じていました。まだ未成年、未熟と言う事もあり私たちは当然かの様に先生の話を聞かなくてはいけません。

反抗する事も言い返す事も許されません。そんな事をしたら又目の敵にされるからです。差別をする、贔屓をする、感情で怒る大人の意見を馬鹿みたいに聞いているのが嫌でたまりませんでした。

さっさと三年間を黙って過ごす事も出来ず、自分なりの抵抗として引きこもりを選びました。

親の行動

私は親には説明をしました。学校を変えるか?とも言われましたが、どこに行っても一緒だと思い、又それでは先生も何も変わらないと思い、その学校に籍を残したまま引きこもりました。

母親は心配していました。父親も始めは説得したり、励ましたりしてくれました。しかし、二人とも仕事に忙しく私が家にいる事が当然になってきました。

姉と兄がいました。兄は完全に自由な人なので自分には関係のない様子で生活していました。その内高校を卒業して専門学校に行きました。その頃には一人暮らしをしていたので顔を合わす事はありませんでした。

姉は私が中学校の頃から社会人になって家を出ていたので私がこの様な状態になっているのを知っているのかどうかも知りません。兄弟ですが、メールをする仲でもないので特に何の連絡もありませんでした。

たまに帰省する頃に感じるのは完全に腫れものに触る様な扱いでした。

引きこもっていた頃の生活

始めは中学校の時の先生の態度への抵抗でした。毎日学校にも行かないので好きな時間に起きてはTVを見たりゲームをしたりしていました。

食事は母親が作ってくれていました。仕事が忙しいので家族揃って食事をする事はありません。その内、台所で食べるのもつまんなくなり食事は全て自分の部屋に持ち込んで食べていました。

台所までジュースやアイスを取りに行くのもダルくなり冷蔵庫、電子レンジを買って自分の部屋を台所仕様にしていきました。ゲーム、TVにも飽きると漫画を読んだり、昼寝をしたりしました。

その時少しハマったのは読書です。太宰治を読んだりしていました。するとなんだか世の中が虚しく、詰まらないものに感じる様になりました。皆が中学校を卒業しても高校を卒業しても私の生活は変わりませんでした。

何度も父親、母親にはしっかりしろと言われました。しかし、完全に世の中を冷めた目で見ていて、そんな思想ばかりを取り入れていたので、働かされている社会のコマが何を偉そうに言っているんだろう、何で分かってくれないんだろうと思う様になりました。

外出するのは少しの友達と遊ぶ時、コンビニに買い物に行く時でした。18歳を過ぎた頃には少しアルバイトをする様になりました。そこでも少し人間関係でトラブルを起こし、長続きしませんでした。

その後の親子関係

父親は私の気合いが足りないと、次第に何も言わなくなりました。それどころか、私の存在を無視する様になりました。父は仕事を早期退職し自宅にいる時間が増えました。家にいる事を嫌でも感じる様になったのが私達の関係をより悪化させました。

ある日、父が台所で食事を採っている所に私が食器を洗いに行きました。そんな私の背中に向かって父は小さい声で「死ね、死ね、死ね。」と連呼していました。「何!」と言う私と父はそこでも大きな喧嘩をしました。

父は暇になった事もありお酒の量が増えたのも一因だと思います。こんな事は母親には相談できませんでした。兄と姉に相談しました。特に助言が欲しい訳でもなく、知ってて欲しかったからです。

自分の子どもにこんな事が言えるのだと悲しくなりました。姉に相談した時に「気にするな。酔っ払っているのかもしれない。けど、ここまで思わせたあんたの行動にも問題があるかもしれない。そこは気にしなさい」と言われました。確かにその通りだと思いました。

少し社会復帰

母親には再三、就職しろ、家を出ろ(一人暮らししろ)、働きなさいと言われ続けました。今となっては根気よくこんなに長い間よく言ってくれていたなと思っています。

父親と顔を合わせたくなかったので、リゾートバイトに出掛ける様になりました。期間限定で3カ月程度でそのバイトは終ります。色んな人に出会うけど煩わしい事も3カ月だけと思うと乗り越えられました。

お金はそんなに貯まりませんでしたが、働いているという達成感はありました。それは私にとって大きな一歩でした。そこからすこしずつアルバイトをする様になりました。就職歴も学歴もありませんが、飲食店は人手不足で喜んで雇ってくれました。

単純ですが、必要とされている事が嬉しかったです。

甥た姪ができて

兄や姉に子どもが立て続けに出来ました。今では4人の甥と姪がいます。実家に帰ってきた時に少し一緒に過ごしていました。

とても可愛いと感じました。2歳位になると一緒に遊んだりもしました。私がお菓子を持ってくると喜んで着いてきます。兄や姉は任せっ切りです。沢山遊んだ後、見てくれて有難うと感謝をしてくれました。

すごく嬉しい気持になりました。甥や姪はお菓子をくれるという事もありかなりなついています。最近では実家の家を開けると大きな声で走って寄ってきてくれます。必要とされているみたいで嬉しく、誇らしい気持になります。

甥や姪が出来た事で、関わる様になった事で本当に時間は過ぎていっている事を実感しました。私は気が付けば30歳前になっています。このまま就職もしないでアルバイトだけで生きて行く事はできるのだろうかと心配になりました。ようやく将来に焦りを感じ、将来の事を考える様になりました。

姉の紹介で

30歳になろうとするのに就職歴が無い事に焦りを感じていました。就職を活動をこのリゾートバイトが終わったらしようと思っていた頃に、姉から将来はそうするのか?

計画は立てているのか?と聞かれました。返答に止まっていると知り合いの人が社員を募集しているけど、面接だけでもしてみないか言ってくれました。こんな私を雇ってくれるのか、でも就職活動の練習と思って面接に行きました。

今までコロコロとアルバイトを転々としていた事を色んな経験をしているね、と評価してくれました。しばらく話した後にはこのリゾートバイトが終われば就職してくれるなら、雇うと言ってくれました。

個人でしている小さな不動産屋さんです。特に興味もない分野ですが、就職をOKしてくれた事がかなり嬉しかったです。

今の気持ち

凄く清々しい気持です。

まだ父とはきちんと話せていませんが、母親はかなり喜んでくれています。父親を納得させるにはきちんと勤めた実績を見せないといけないと思っています。疎遠だった兄や姉とも話をするようになりました。

甥や姪も好いてくれています。本当に清々しい気持です。まだ少し怖いけど、社長もいい人だし、何かあれば言え、と姉も言ってくれています。

社会に出る、社員として働く事が出来ている、すごく誇らしい気持です。

過去を振り返って

引きこもっていて私なりの抵抗でしたが、先生は気付いてくれていただろうかと思います。全く気にも留めていないのなら私のこの時間はなんだったんだろうとも思います。

もしかしたら、先生のせいにして社会にビビってしまっていたのかも知れません。遠周りはしましたが、きちんと見てくれている人がいる、それが本当に嬉しいです。

ふさぎこんでいた時は更にふさぎ込む様な情報ばかりを取っていました。自分で情報にフィルターをかけていました。それが悪循環を産んだんだと思います。馬鹿な事をしたな、と思います。

引きこもりの人へ

今、どんな気持ちで引きこもりをしているかは個々それぞれだと思います。もし、中に社会に抗う為と思ってやっている方は、無駄です。何も発信しなければ誰も気付いてくれません。

それどころか信頼を無くし、親との関係もおかしくなってしまいます。そのリスクを取ってまで抗う必要があると考えるなら何かを発信して行かなくてはなりません。

たった一人の引きこもりはただの親の負担でしかないからです。私もまだスタートの立ったばかりです。しかし、それさえも嬉しいす。きっと引きこもりのままは嫌だと思っていたんです。

だけど、社会からの情報を遮断すると自分の好きな情報しか入れません。無意識に情報が偏ってしまってたのです。それが更に悪循環を産んでいるとその時は分かりません。分かるのは色んな人と関わり、人の意見を聞く事です。

おかしな事を言う人もいますが、全てを気にしてはいられません。自分の人生だから自分が満足する様に生きなくてはなりません。他人や社会を批判する事が楽しいならそうすればいいし、でも私は楽しく過ごせる方がいいのできちんと自分や他人、社会と向き合う事を選びました。

甥や姪が私を慕ってくれる喜びを教えてくれました。慕われるからには自分も自信が持てる人になりたいと思えたからです。結局甥や姪、母や(父)姉、兄に助けられました。社長もいい人です。

心からそう思えるようになったのは自分が変われたからだと思っています。自分の成りたい自分になります。